銀座de通販

銀座のぞき窓

スタッフ一の銀通(ぎんつう=gin2=銀座通=銀座マニア?)のわたしH子が
独断と主観で集めた旬の銀座情報・銀座の穴場情報をお届けします。
更新は不定期(気まま?)なので、こまめにチェックしてくださいネ!

[過去の記事を見る]は月単位で記事を閲覧できます。
[ご意見・ご感想をメールで送る]はお便り専用フォームを用意しておりますので、お気軽にご意見・ご感想をお寄せください。

過去の記事を見る    トップページに戻る

【最新記事5件】

元祖「鞄」店。できる男の頼もしい相棒、タニザワ鞄
-- 2008.09.19 --

 明治7年創業、明治23年に現在の場所・銀座1丁目に店を構えて以来、紳士用ビジネスバッグの専門店として本物の「鞄」を販売している【銀座タニザワ本店】さんです。なんと「鞄」という文字と概念を作ったのは、創業者の谷澤禎三氏。つまり正真正銘、元祖鞄店なのです。当時、明治天皇が銀座をお通りになられたとき、「鞄」と書かれた看板をご覧になり「なんと読むか」とお付きの人に訪ねられましたが誰もわからず、後日禎三氏が参内し説明申し上げたとか。
 その後2代目甲七氏は「ダレスバッグ」を世に広めました。昭和25年、アメリカの平和使節団の一員として来日した米国国務長官ジョン・F・ダレス氏の持っていたブリーフケースをヒントに、まだ革のなめし技術が進化していない時代に、口枠式の鞄を製作。これを"Symbol of Peace"のキャッチフレーズで売り出したところ、当時5千円という高価にも関わらず大ヒット。以来、タニザワを代表する鞄として根強いファンに支持されています。
 現在は3代目信一氏が先代たちの意志を継ぎ、機能性・耐久性に優れ、風格のあるデザイン鞄を作っています。

【銀座タニザワ本店】銀座1-7-6/TEL.03-3567-7551



歌舞伎役者や芸者さんも愛用!老舗足袋専門店【むさしや】
-- 2008.09.12 --

 松屋通り沿いにある、この界隈ではもう珍しくなってしまった2階建ての建物、創業明治7年の歴史ある足袋専門店【むさしや】さんです。場所柄、歌舞伎役者さんも多く愛用していますが、京都の芸者さんなども顧客に持つ足袋職人。サイズは2ミリ刻み、甲の高さは2種類、一度型を作ってしまえば電話1本で注文OK。2週間ほどで商品が送られてきます。店内では色足袋、柄足袋などバリエーションもあり、その時によって種類も様々。お店に立ち寄れば江戸の小粋さも楽しめると思います。

【むさしや足袋店】銀座4-10-1/TEL.03-3541-7446



銀座の食品加工会社が偽装!?
-- 2008.09.11 --


 食品偽装問題が深刻化している昨今、今日は近所の会社で発覚したとのショッキングなニュースが飛び込んできました。銀座5丁目にある【浜伸】が外国産のうなぎを国内産と偽って販売していた疑いがあるとして、家宅捜査されたのです。ウナギはかば焼きとして1パック1280円で都内のスーパーで販売されていたといいます。
 こちらの店舗は割烹料理屋で、近くは歌舞伎座、新橋円舞場、大手広告代理店などなど場所柄それなりに賑わっていた訳で、もちろん我らH子たちも何度かお世話になっていました。自分の働く街、知っている所だけにそのショックは大きく…、どうしてそんなことしちゃったんでしょう。実は、平成17年から民事再生法の手続きの下で経営再建を目指していたとのこと。銀座店は今年の3月から店内改装と称して長らく閉まっていました。営業再開される日は来るのでしょうか。


銀座の青写真【東化工株式会社】
-- 2008.09.08 --

 このビル、角が丸いんです。しかも角の部分がガラスなんです。良く見ると台形のビル、窓枠や看板文字は青で統一されています。「青写真」と大きく書かれたこちらは、昭和26年設立の【東化工株式会社】。コピー、製本、ラミネート加工、マイクロフィルムなどをやっていたり、別にレコードレーベルの事業もやっているそうです。時々外に洗濯物が干してあったり、なかなか面白そうな会社ですね。

【東化工株式会社】銀座3-10-18



円窓とスクラッチタイルが目印。昭和初期がそのまま残る銀座最古の【奥野ビル】
-- 2008.09.02 --

 ここ数年、古いビルが取り壊され近代化の一途をたどっている銀座で、外装だけでなく内装までほぼ当時のまま残っている、銀座で最古のビル【奥野ビル】。所々に見られる円窓が可愛らしくもあり、温もりを感じさせる建物です。
 竣工は昭和7年、銀座の真ん中には和光が建ち、チャップリン来日で日本が沸いた年。もともとアパートとして建てられたこのビルは、「銀座アパートメント」と親しまれ、銀座の柳を歌った詩人の西条八十氏や、舞台美術家として名を成した吉田謙吉氏など、文化人が多く住んでいたといいます。基本の部屋は現在でいうワンルームタイプで小さな台所付き。当時最先端の壁収納式ベッドが設置されて、地下には共同浴場、6階にはサロンまであったとか。昭和30年に住居契約を停止し、事務所貸しのみとなり、それに伴い名前を奥野ビルに変えたそうです。
 名前は変わっても建物自体はほぼ当時のまま、外壁は当時流行したスクラッチタイル(引っ掻き傷を施した手作りのタイル)、ホール内壁は外壁と色違いのスクラッチタイルで、ニュアンスの違いが楽しめます。蛇腹式のエレベーターは手動、指針式のオールド・スタイルで、現在では1階以外6階と7階だけに停止します。
 テナントの多くはギャラリーで、空室待ちも20人ほどいるそう。アンティークな建物の温かさとアート感がマッチした、独特な空間が心地良いです。

【奥野ビル】銀座1-9-8



過去の記事を見る    ご意見・ご感想をメールで送る    トップページに戻る

build by phk-imgdiary Ver.1.10

Copyright © 2002-2008 i-Creation CO., LTD. All rights reserved. LIFEAD SYSTEM group